浪人母娘、海原を行く

浪人中の娘と就職浪人中の母の、ちょっぴり切ないダイアリー

子どもという花

 

やりたいことがある子どもは、早いうちにそれを目標に定めて向かっていくのが一番良いと思う。

たとえそれが、成功の確率が極めて低い分野で、目指してもその中の数パーセントしかその職に就くことが出来ないような場合であったとしても、やりたいという強い思いがあるならその気持ちを押さえつけてまで、実用性や安定を重視した他の職を選ぶ必要なんてない。

好きな道を、がむしゃらに歩いて行ってほしいと思う。

 

親にも、確かに夢はある。

子どもがこんな大学には入ったらいいなとか

こんな職業についてほしいなとか。

でも、それは心の中にしまっておきたいね。

 

 

うちの下の子は、小学校中学年の頃にある仕事に強い関心を持つようになって以来、まったくぶれることなくその目標に向かって邁進しているのだが、親である私も周囲も素晴らしい仕事だと思ってはいても、特段その職業につくことを勧めたことはない。

それにも拘わらず、その職業への憧れはどんどん膨らみ続け、今やその仕事に就くことしか頭にない本人は、必要な国家資格をとれる大学に入るために一心不乱に勉強しているのだ。

 

それは、上の娘とは、「真逆」と言っても言い過ぎではない行動(苦笑)。

上っ子は、高三の夏まで特にやりたいことがなくて、残念なことに、自分の「勉強だけしていていい時間」を持て余してしまっていたから。

ようやくそれも見つかったようだが、初動が遅かったゆえ、この現状がある・・・涙

ま、それも、人生勉強だと思うので、これから頑張ってその道を歩んでいけばいいだけのことだけど、こんな二人が、同じ親である私から育ったことが、不思議で大きな驚きなのだ。

 

つまり、子どもというのは、親の育てたようには育たないのである!

小学校の間、塾浸けの日々を過ごし、超難関中高一貫校に進学したお子さんが、入って早々息切れを起こし、登校拒否になった例も

小中を偏差値なんて気にせずのんびりのびのび過ごしてきたお子さんが、高三の春に夢に目覚めて猛勉強を始めて、志望大学に入り、希望するお仕事についてちょっとした有名人になっていきいき頑張っておられるという例も、身近にある。

人生なんてそういうもので、開花する時期だけでなく、開花の仕方も、咲く花の大きさもみんな違うものなのだ。

大きな花を咲かせては、散らし、また咲かせては散らし、を繰り返す人生も、

小さな花だけど、散らすことなく咲かせ続ける人生も、

ずっとつぼみのままの人生もある。

でも、どれも、とっても、と~っても素敵!

 

枯れさえしなければ。

とにかく、枯れさえしなければ。

 

決して慌てさせずに、開花の時期を辛抱強く待ちながら、

子どもという素晴らしい花が、枯れてしまうことだけはないように、

穏やかな日差しとなって温め続けてやること、それが親の唯一の仕事だと心得て支えたい。

 

大したことはできなくても、

それで、いいんじゃないかな、親って。